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長野地方裁判所 昭和40年(レ)19号 判決

控訴人 合名会社 青木商店

右代表者代表社員 青木専助

右訴訟代理人弁護士 関川寛平

被控訴人 柳原照幸

右訴訟代理人弁護士 相沢岩雄

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の建物のうち別紙図面青斜線部分を明渡せ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

控訴人は主文同旨の判決を、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

当審において左記のとおり追加陳述したほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一、控訴人の予備的請求原因

(1)  控訴会社代表者の娘婿青木祐司およびその家族は、別紙目録記載の建物(以下本件家屋と略称し、別紙図面の青斜線部分を以下本件係争部分という。)の東側に接続する別紙図面赤線をもって囲んだ建物(以下隣接家屋と略称する。)に居住しているところ、この部分は一〇畳、八畳、応接間、勝手等しかなく、一方右家族は祐司夫婦のほか中学一年生の長女、小学校六年生の次女、同四年生の三女、同二年生の四女の六人からなり、子供達が成長するにつれその教育上もそれぞれに適当な部屋を与える必要が生じ、右建物だけでは狭くなった。

(2)  また、右居住部分は、本来本件建物と一体となって一戸の住居として使用すべく設計建築されたものである。すなわち、その両者は一応区別されているとはいえ、一本の廊下で接続しており、右居住部分には玄関等の出入口はなく、本件家屋への玄関およびその前の門を経て外部へ通ずるのが自然の用法にかなっている。

(3)  このような事情から、右祐司としては被控訴人に対し本件家屋の明渡を受け、これを自己において使用することが最も適切であるところ、控訴会社はその代表者青木専助の個人会社ともいうべき同族会社であるから、同人の娘婿で極めて縁故の深い祐司に対しては、その生活に適切な住居を与えてやる必要があり、従って、その目的から被控訴人に対し、本件家屋の占有部分の明渡を求める必要がある。

(4)  なお、控訴会社はこれまで三回に亘り、被控訴人に対しその移転先を斡旋した。すなわち、

(イ) 昭和三一年頃、長野簡易裁判所に前記通行禁止の調停事件が係属中、専助は長野市安茂里に適当な売家を発見し、それを被控訴人に買受けるよう斡旋した。

(ロ) 次いで、昭和三三年一〇月頃、控訴人所有の長野市新町二八〇番地所在の階下六畳、八畳、二畳、二階一〇畳、四畳等よりなる建物に二年間無家賃という条件付きで転居するように勧め、被控訴人のために一年半の長きにわたってこれを空屋にしておいた。

(ハ) また、昭和三八年初頃、控訴人の所有で本件建物のすぐ東側に道路をへだてた、一〇畳、六畳、四畳半の離れ等からなる建物へ転居するよう勧め、これも同人のため約一年半位空屋にしておいた。

しかしながら、被控訴人はこれらに対し何らの誠意を示すことなく、いずれもその斡旋に応じなかった。

(5)  また、被控訴人は控訴人に対し、主たる請求原因で主張したように数々の不信行為を敢えてした。

(6)  以上の諸事情からして、控訴人は被控訴人に対し、本件係争部分の賃貸借契約を解約するについて正当な事由を有するというべきところ、本件訴状をもってなした前記解除の意思表示には、正当事由に基く解約の意思表示をも包含し、かつその意思表示は本件訴訟が係属している限り継続してなされているというべきであるから、少くとも本件口頭弁論終結時までには本件賃貸借契約は解約申入期間の満了により終了した。そこで、控訴人は被控訴人に対し、本件家屋のうち、被控訴人の占有する本件係争部分の明渡を求める。

二、被控訴人の答弁

(1)  予備的請求原因(1)の事実中、祐司ら家族が本件家屋の東側にある隣接家屋に居住すること、その家族構成および家屋の間取りの点は認めるが、その余の事実は否認する。

(2)  同(2)の事実は否認する。右祐司の居住部分は同人の入居以前も他の家族が居住しており、その両者は各独立して使用しうるものである。また、祐司は必ずしも本件家屋の玄関を通らなくても、別紙図面の(E)点、(D)点、あるいは(C)の木戸を経て(B)点の各出入口から外部に通行することが可能である。

(3)  同(3)の主張は争う。

(4)  同(4)のうち、控訴人が被控訴人に対し、その主張のように三回に亘り転居家屋の斡旋をしてくれたことは認めるが、うち(イ)の家屋は住むに耐えないものであり、(ロ)、(ハ)の各貸家はいずれも狭すぎて((ハ)の建物には四畳半の離れはない。)、被控訴人の妻よしのが将来健康回復のうえ再開する予定の茶の湯、生花の教授場として不適当であった。そのため、被控訴人はそれらの申入れを応諾できなかったのであり、誠意を欠いたわけではない。

(5)  同(5)の事実は、いずれも主たる請求原因事実に対する答弁において主張したとおり、相手方の不信行為に対処するためやむなく行った措置であって、一方的に被控訴人の責に帰すべきものではない。

(6)  同(6)の主張は争う。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

第一、賃貸借契約の存在

被控訴人が昭和二〇年一一月二五日、控訴会社から本件家屋を期限の定めなく賃借し、次いで昭和二七年二月頃から本件係争部分を引続き賃借していることは当事者間に争いがない。

第二、不信行為に基く契約解除の主張に対する判断

一、当裁判所は次項掲記の理由を附加するほか、当審において取調べた証拠を綜合判断するも、なお原判決理由のこの点に関する判断(原判決理由第四項、一一枚目表一行目より一三枚目裏三行目まで。)を正当とみとめるので、それをここに引用する。

二、家屋の賃貸借契約において、賃貸人と賃借人との間の信頼関係が著しく破壊されたことが契約解除の原因となりうるのは、そのいずれかの責に帰すべき事由により、各自の義務の履行が著しく困難と予想される事態が発生し、その結果相手方当事者にとって、それ以上その賃貸借契約関係を継続させることが社会通念上困難と考えられる場合であって、かかる契約上の給付関係と直接関係のない単なる感情的対立ないしは、これに発する相互の日常生活上の摩擦は、特段の事情のない限りこれを賃貸借契約解除の原因と解することはできない。本件においてこれをみるのに、被控訴人の不信行為と主張される諸行為のうち、当事者間に争いのないものおよび証拠によって認められるものは、いずれも被控訴人と控訴会社の関係者との間において、本件家屋の明渡しをめぐって対立を生じた結果、互いに自己の主張を貫徹し、あるいは相手方を屈服させる目的からなされた措置、言動であって、殊に両者が同一家屋の一部を共同して利用するという特殊な環境において生じたものである以上、直ちにそのすべてを被控訴人の責にのみ帰せしめえないのみならず、右明渡に関する問題について双方が納得するならば、自然に氷解することがらであるから、これをもって直ちに被控訴人が本件賃貸借契約の基礎となる信頼関係を破壊したものとはいいがたい。

よって、控訴人のこの点に関する主張は理由がない。

第三、正当事由に関する判断

一、≪証拠省略≫を綜合すれば、以下の事実を認めることができる。すなわち

(1)  控訴会社代表者青木専助は、かねてから日用品雑貨商を営んでいたが、昭和七年頃親族若干名の名をもってこれを合名会社に改組し、以後も自ら経営の主体となってその営業を継続してきた。同人は昭和九年頃右会社名義で本件家屋およびその敷地を買入れこれを将来自己の隠居所に改造すべく計画し、当時は現在祐司の居住する家屋は存在しなかったのを、その空地部分に右隣接家屋を新築して、これを本件家屋と接続し、本件家屋は女中部屋に当てることとし、庭には大石を配した池、築山等を築き、隠居所にふさわしい造園をした。従って、右両家屋の構造ならびにその敷地の関係は別紙図面表示のとおりであって、両家屋は一ヶ所を廊下で接続した一見別個に独立した構造をもってはいるが、右隣接家屋には八畳、一〇畳、応接間および便所、廊下、押入れしかなく、外部へ出入する玄関、台所その他の出入口は作られていない。(後に仮の台所が作られた。)一方、その敷地の形状は極めて不整形であって、本件家屋のある西端のみが公道に接し、東側は控訴会社所有の狭い路地に接するのみで外部への交通には適さず、その他は概ね隣接家屋に囲まれていて外部と通行することはできない。すなわち、右隣接家屋より本件家屋を通行せずして外部へ出入りするためには、廊下より庭へ降り、別紙図面表示の(D)点にある門を通るか、(C)点の木戸を経て(B)点の門を通るか、(E)点の木戸を経て裏道へ抜けるしか方法がない。しかし、そのうち(D)点の門は家屋の側面に近接し、庭木などの障碍物もあって人の通行には不自由であり、外は狭い路地を距てて人家があって、附近の地理的条件から日常の用を足しに出入りする方法としては極めて不便である。また、(C)点の木戸を経る道は応接間の前に大石を配した池があるため庭木と相いまって人の通行が不自由なばかりでなく、本件家屋の廊下の前の狭い庭を踏石伝いに通行しなければならぬため、本件家屋の居住者の生活の平穏を害し、(E)点の木戸より出入りすることは、外部が狭く湿気を帯びた路地であって附近に汲取口もあるため極めて不快である。従って、右はいずれも日常の通行に適当とはいえない。

(2)  控訴会社は、多数の家作を所有しており、終戦後本件家屋を被控訴人に、その隣接家屋も他に賃貸していたが、昭和二七年二月その代表者専助は、自己の養子である祐司が娘よねと婚姻するに当り、その親として同人らに身分相応の住居を与える必要に迫られ、かつて自己が隠居所として建築した右隣接家屋が家作のうちでは最も条件がよかったのでこれを適当と認め、その入居者よりその明渡を求めるとともに、被控訴人より本件家屋のうち西側三畳、八畳、玄関、南側廊下の明渡を受け(もっとも、この部分については通行の妨げとならない程度でその後も被控訴人の利用を認めた。)、あわせて別紙図面(A)点にある門を改造して屋根をふき格子戸を入れて体裁を整えたうえ、祐司ら夫婦を右隣接家屋に入居させ、右玄関および門を経て出入りできるよう手筈を整えた。しかしながら、そのような家屋の利用状況は、その構造上からして、被控訴人の本件係争部分の居住の平穏を害しやすく、被控訴人および祐司の二世帯が現状のまま平穏に生活することは極めて困難な状況にある。

(3)  ところで、控訴人は右入居当時は夫婦二人の小世帯であったが、その後順次子供が誕生し、現在控訴人主張のとおり中学校一年生を頭にいずれも学校に通学する四女があり、生活上のみならずその教育上からも現在の居住部分では手狭となるに至った。また、右居住部分の台所は後に附加した仮設のもので、外部への出入りや他の部屋への通行にも不便であって、当座をしのぐに充分ではあるが、永住するのに適当とはいえない。反面、被控訴人は当初夫婦と一男二女の五人家族で、被控訴人は銀行に通勤し、妻よしのは茶の湯、生花の師匠をしていたが、その後被控訴人は定年退職し、妻も昭和二五年頃右師匠をやめ、その後両名で始めた商売も現在はやめている。そして、現在長女と二女は婚姻して独立し、長男(当二八才)が長野市役所に勤務し、被控訴人夫婦を扶養しながら本件家屋に居住している。

(4)  控訴会社代表者専助らは、かねてから被控訴人に対し、本件係争部分の明渡をも望んでいたので、昭和三一年頃から控訴人主張(事実第二、二、(4))のとおり、同人に対し三軒の転居先を斡旋したほか、数回にわたって転居先を紹介する労をとった。これに対し、被控訴人はそのいずれにも満足しなかったが、そのうち昭和三八年中最後に提供した控訴会社所有の家屋(前記(ハ))は、その位置は本件家屋の近隣で、間取りは一〇畳、六畳、四畳半、勝手、便所、玄関からなり、その立地条件や造りは本件家屋に若干劣るけれども、地理的条件や住居としての広さにおいては、本件家屋のうち係争部分に匹敵するものということができる。

二、以上の事実を認めることができるのであって、≪証拠判断省略≫他に右認定を左右する証拠はない。

ところで、右認定事実によってみると、本件係争部分と祐司の居住する隣接家屋とは、本来完全に独立した建物ではなく、殊に被控訴人において本件家屋の西側八畳、三畳、玄関、南側廊下の通行を祐司ら家族に許諾した以上、特別な改造ないし配慮をせずして、これに二世帯が入居して互いに平穏に生活することは困難とみられるところ、右祐司らとしては、隣接家屋においては手狭であるばかりでなく、その生活上も極めて不便であって、その不便を解消する方法としては本件係争部分の明渡をえてこれと併用することが最も適当であり、かつ本件家屋の用法にも合致するものである。反面、被控訴人は現状においては成長した男子一人と職のない老夫婦の三名であって、特別に広い住居を必要とせず、現状程度の住いとしては、昭和三八年中控訴会社が本件家屋の附近にある自社所有のものを提供した際、これに転居することによって住居の安定は確保されたものということができる。もっとも、右家屋は、本件家屋より質において若干劣るものと認められるけれども、一方において家主側にこれを使用する必要がある場合には、借家人は現在居住している家屋より若干劣る条件においてもこれに満足すべきものといわなければならない。なるほど、被控訴人は既に二〇年近く本件家屋(後に本件係争部分)に居住し、これに対する執着も少からず、これが将来茶の湯等の師匠を再開するには適当であることは当審における証人柳原よしのの証言および被控訴人本人尋問の結果からも容易に推認しうるけれども、借家法において、明渡に正当事由を要することを定める法の趣旨は、家主の専恣を排し、借家人の家屋の利用の安定を計る点にあるから、家主側の必要の程度によっては、明渡の要求にも協調的態度をもって臨むべく、一概に現状より良い条件でなければ転居する必要がないとする態度は賛同できない。まして、被控訴人の妻は師匠をやめてから現在まで一五年を経過し、その再開の計画も確然とこれを認めうる証拠はないから、これを基準として転居の条件を論ずるのは当をえない。また、現在においては右提供家屋はふさがっているが、それが被控訴人のため一年有余空屋にしてあったことは前記認定のとおりであって、これは被控訴人においてその機会を与えられながらこれを利用しなかったためであるから、正当事由の判断に当っては現在なおその提供のあったことを考慮すべきである。

ところで、控訴会社はその代表者専助およびその親族(従って右祐司夫婦らの親族)を主体とする合名会社であって、その実体は同人らの個人企業の如きものであることは前記認定のとおりであるから、その組織運営には個人的色彩が強く、従って同人の娘夫婦は同会社の社員ではなくても、同会社と密接な関係を有するものである。そして、もし右会社の社員において同人らの住居のために相当の出捐を余儀なくされるならば、会社としても少からぬ利害をもつ関係にあるといえるのであって、それらの点からすれば、会社としてもその所有家屋により同人の住居の安定につき便宜を計る必要があるものということができる。もとより、このような場合は、家主自らが居住する場合に比して明渡の必要性は乏しいのを常とするけれども、単に一般の借家人を入居させる場合と異り、直接自己に利害関係のある者を入居させる限りにおいて自己使用に準じた必要性を認むべく、特に家主側において、相手方の住居の安定に充分な配慮がなされたならば、他の事情とも相いまって、これを明渡の正当事由と認めるを妨げないものと解する。そして、本件においては、前記のとおり、本件家屋はもともと、専助の隠居所として改築されこれを二世帯で使用することが構造上不適当であるのに加え、控訴会社は被控訴人に適当な代替家屋を提供しているのであるから、これらの事実は右必要性と相まって被控訴人に対し本件係争部分の明渡を求める正当な事由を構成するものということができる。

従って、控訴会社は遅くとも右家屋の提供のあった昭和三八年中に、本件係争部分の賃貸借契約の解約をなすにつき正当な事由を有するに至ったものというべく、控訴会社の本件訴状による本件賃貸借契約解除の意思表示は、その趣旨からして正当事由に基く解約の意思表示をも包含し、かつその意思表示は以後も引き続き継続しているものとみることができるから、本件係争部分の賃貸借契約は、前記正当事由を具備してより六ヶ月を経過した昭和三九年中には解約により終了したものといわなければならない。

三、そうであるなら、被控訴人は以後控訴人に対して本件係争部分を明渡すべき義務があるものというべく、その義務の履行を求める控訴人の本訴請求は理由があり、これを正当として認容すべきものである。

第四、結論

しからば、右と結論を異にする原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから、民事控訴法第三八六条に基き、原判決を取消し、控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担については同法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中隆 裁判官 千種秀夫 伊藤博)

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